2012年5月7日月曜日

国際漁業資源の現況-平成23年度現況-


海亀類と漁業の背景

海亀類は、世界の熱帯域から温帯域にかけて広く分布しており、陸上で産卵・孵化を行う以外、稚亀から成体亀まで生活史のほとんどを海洋で過ごしている。海亀類と漁業の関係については、はえ縄、定置網、曳き網、刺し網等で海亀類が偶発的に捕獲される一方で、一部地域では人間の食料として海亀を対象とした漁業や採卵が行われている。また、日本の地域によっては海亀を神聖な生物として扱い、漁業で偶発的に捕獲された海亀を漁師が丁重に扱って海に返す風習がある。このように漁業と密接に関係する海亀類の偶発的な捕獲による死亡を如何に減らしていくかが、漁業という人間活動と海亀類の種の存続に大きく関与してくる。また、漁業のみならず、産卵場の環境や海洋汚染など多くの要因が海亀類の資源に影響を� �えることも事実である。現在、水産庁と独立行政法人水産総合研究センターでは、まぐろはえ縄における海亀類の偶発的捕獲の回避策を構築するべく調査研究を実施しており、海亀資源の保存管理と漁業との共存をめざしている。


生物学的特徴

【種類】

海亀類は、アカウミガメ(Caretta caretta)、アオウミガメ(Chelonia mydas mydas)、タイマイ(Eretmochelys imbricata)、ケンプヒメウミガメ(Lepidochelys kempii)、ヒメウミガメ(Lepidochelys olivacea)、ヒラタウミガメ(Natator depressus)のウミガメ科5属6種とオサガメ(Dermochelys coriacea)のオサガメ科1属1種の計7種に分類されている。東部太平洋に生息するクロウミガメ(Chelonia mydas agassizii)は、形態学的には種とするという意見(Pritchard et al. 1983)と遺伝学的にアオウミガメの亜種に留めるという意見(Bowen et al. 1993)があり、種として独立していない。


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【分布と回遊】

海亀類は、熱帯域を中心にして世界中に広く分布するが、種によってその分布範囲や回遊経路に違いがみられる(図1、2)。アカウミガメは亜熱帯域を中心に分布し、日本は北太平洋における唯一の産卵地となっている。日本で孵化した稚亀は、太平洋を数年かけて横断し、カリフォルニア沖で成長し、繁殖のために日本に戻ってくることが証明されつつある。また、成熟した雌個体は、産卵後東シナ海で越冬するグループと太平洋に回遊する2グループに分かれることが明らかになっている。アオウミガメは熱帯域を中心に亜熱帯域にまで広く分布し、日本では小笠原諸島と沖縄県で産卵が行われている。本種の産卵場と索餌海域は、アセンション島とブラジル周辺海域、小笠原諸島と本州沿岸など1,000 km以上離れていることもある。クロウミガメは東部太平洋に生息しており、産卵地はガラパゴス諸島をはじめとした中南米の太平洋岸である。タイマイは熱帯域を中心とした熱帯性のウミガメであり、日本では沖縄県で産卵が行われている。ケンプヒメウミガメはカリブ海を中心とした、限られた海域に分布する。本種の産卵地はメキシコのランチョヌエボのみであったが、1960年代から米国とメキシコによる本種の産卵地を増やすための国際共同プロジェクトにより、テキサス州パドレ島においても産卵が見られるようになった。ヒメウミガメは熱帯域に分布するが、東部太平洋では沿岸から数千km離れた外洋でも生息している。本種の分布範囲や回遊経路はよくわかっていない。ヒラタウミガメはオーストラリア北部を中心とした、限ら� �た海域に分布する。オサガメは遊泳能力が高く、高緯度帯にも分布することが知られている(Bleakney 1965)。これまでに明らかとなっている高緯度における分布記録は北緯71度、南緯47度である(Pritchard and Trebbau 1984)。近年、衛星追跡研究によりオサガメの移動経路が明らかになり、太平洋ではカリフォルニア沖、日本近海、オーストラリア東沖、チリ・ペルー沖など広範囲に分布する。


【成長・成熟】

海亀類は、年齢とともに甲長等の体サイズが大きくなるが、信頼できる年齢査定法は確立されていない。海亀類の上腕骨等に形成される輪紋が年齢形質として利用できるという報告はあるが、年齢査定に関しては未だ情報が不足しているのが現状である。飼育環境下における海亀類の成長に関する知見は多く存在するが、一般に飼育環境下における成長は、自然下における成長よりも速いことが知られている。海亀類の自然下における成長や成熟に関する知見はほとんど存在しない。

海亀類の中でも、一般にオサガメが最も成長が速いと言われており、飼育下では1年で甲長40 cm成長することが明らかとなっている。アオウミガメは、カリブ海のグランドケイマン島で養殖されており、成長が最も速いもので7年で成熟した例がある。アオウミガメやタイマイは、自然下では成熟するのに20〜30年はかかると推測されているが、実態はほとんど解明されていないのが現状である。


【食性】

海亀類の食性は種によって異なる。アカウミガメやヒメウミガメ類は雑食性が強く、甲殻類、魚類、頭足類等を主に摂餌する。アオウミガメ、クロウミガメおよびヒラタウミガメは、主に草食性であり海草類および海藻類等を摂餌する。タイマイはカイメン食という独自の摂餌生態を持つ。オサガメは、クラゲやプランクトン等の低次栄養段階の生物を摂餌する。


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資源の現況と管理策

【個体群の動向】

海亀類各種の個体群動向は世界各国に点在する産卵地によって違いがあり、詳細について把握することは困難な状況にある。現在、SWOT(The state of the World's Sea Turtles) (2011)が世界各地におけるウミガメの産卵数の集計を行っている。表1には各種について、文中の以下に示す資料をもとに推定産卵雌個体数およびFAO水産報告(No. 738)をもとに個体群の増減についてまとめた。

アカウミガメの日本産卵個体数は、1980年代後半に増加傾向を示したが、1990年代では逆に減少傾向に転じ、その後は1997年を最小として増減を繰り返し、近年は増加傾向にあるようである。地中海とオーストラリアの産卵個体数は減少傾向にあり、米国大西洋岸の産卵個体数は増加している。現在、世界のアカウミガメの産卵雌個体数は、約6万個体以上と考えられている(Euro Turtle 2011)。

アオウミガメの産卵個体数は、小笠原、ハワイ、オーストラリア、フロリダ、コスタリカの主要な産卵地において過去20〜30年にわたって4〜14%で増加していることが明らかとなった(Chaloupka et al. 2007)。現在、世界のアオウミガメの産卵雌個体数は、約20万個体以上と考えられている(Euro Turtle 2011)。

クロウミガメは、減少傾向にあると言われているが、詳細な調査は行われていない。現在、世界のクロウミガメの産卵雌個体数は、約3,000個体以上と考えられる(Euro Turtle 2011)。

タイマイは、かつてべっ甲材として大量に日本に輸入されたが、現在では海亀類全種がワシントン条約の付属書Tに掲載されていることにより、国際商取引は行われていない。本種の個体群は減少傾向にあるが、近年、カリブ海における本種の産卵巣数は増加傾向を示している(Marquez-M. et al. 2002)。現在、世界のタイマイの産卵雌個体数は、約8,000個体以上と考えられているが、詳細については不明である(Euro Turtle 2011)。

ケンプヒメウミガメは、かつては集団産卵をするほど多く生息していたが、1970年代、1980年代において減少した。その後、産卵個体数は徐々に増加しつつあるようである。現在、世界のケンプヒメウミガメの産卵巣数は、約2,000巣と考えられており(Euro Turtle 2011)、これはおよそ産卵雌1,000個体に相当すると考えられる。

ヒメウミガメは、集団産卵(アリバダ)をすることで知られている。メキシコのラ・エスコビラ産卵場においては、1987年では57,000巣であったのが、2001年では100万巣以上とここ10年間で急増している(Marquez-M. et al. 2002)。コスタリカでは保護活動の成功により、本種の産卵個体数は増加傾向にある。インドでは産卵個体数は数十万個体に達するが減少傾向にある。東南アジアの個体群は低位水準にある。現在、世界のヒメウミガメの産卵雌個体数は、約80万個体以上と考えられているが、詳細については不明である(Euro Turtle 2011)。

ヒラタウミガメの個体群の動向については不明である。現在、世界のヒラタウミガメの産卵雌個体数は、5,000〜10,000個体と考えられている(Euro Turtle 2011)。


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オサガメについては、マレーシア、メキシコ、コスタリカ等の太平洋における産卵個体数は減少傾向にあり、特にマレーシア産卵群は絶滅の危機に瀕している。その他の太平洋の産卵地では、インドネシア、パプアニューギニア、ソロモン諸島の西部太平洋に大きな産卵地が存在する。インドネシアの西パプア州においても産卵個体数は減少傾向にあると言える。大西洋には、南米側の仏領ギアナ・スリナムとアフリカ側のガボンに大規模な産卵地が存在し、個体数の動向は安定していると考えられている。最新の研究は、アフリカガボンにおける産卵雌個体数が世界最大であることを示唆し、その数は15,730〜41,373個体と推定された(Witt et al. 2009)。インド洋では、南アフリカ共和国の北東部に位置するクワズールナタール州やスリランカ等に小規模ながら産卵地が存在する。現在、世界のオサガメの産卵雌個体数は、大西洋が約28,000個体、太平洋が約6,500個体、インド洋が約450個体で、合計で約35,000個体と推定されている(Spotila et al. 1996, Euro Turtle 2011)。しかし、アフリカガボンの個体数に関する最新情報により大西洋個体数は28,000個体以上であることが考えられるため、今後、詳細に検討する必要がある。


【漁業による影響】

陸上で産卵を行う繁殖個体に対する影響として、沿岸域における定置網、まき網、刺し網、底びき網等による偶発的捕獲が考えられるが、詳細な捕獲数については不明である。外洋域における影響としては、種ごとの索餌回遊水域によって違いがみられ、オサガメ、アカウミガメおよびヒメウミガメははえ縄による影響が考えられている。また、一部地域では人間の食料として海亀類を対象とした漁業が行われている。沿岸漁業および遠洋漁業による海亀資源に対する定量的な影響評価についてはまだ明らかにされていない。


【漁業以外の影響要因】

繁殖海岸では、照明による親亀の産卵行動やふ化稚亀の降海行動の攪乱、レジャー等の人間活動や漂着物や廃棄物による産卵阻害、堤防等の人工建造物による産卵阻害および海岸の浸食による産卵条件の不適合等の海岸環境の悪化によって、産卵成功率の低下、ふ化率の低下、ふ化稚亀の入海数の減少、ふ化稚亀の沖合への遊泳行動への悪影響が存在する。産卵雌個体や卵の採取も発展途上国において、海亀類の資源に重大な影響を与えている。自然条件下では、台風や高波による卵の流失や卵の窒息死亡、高温化によるふ化時期の胚死亡がみられる。また、近年海岸でみられるようになった、タヌキやキツネ等の動物による卵の食害も問題視されている。海洋における漁業以外の影響要因として、海亀類が浮遊する人工ゴミを餌� �して誤飲することや環境ホルモンの影響も挙げられている。



【海亀類の保全管理策】

漁業に関しては、エビトロールによる海亀類の偶発的捕獲が問題となっており、米国は中南米や東南アジア諸国等の他国に対して回避措置なしで漁獲されたエビ類の輸入規制を実施している。また、2001年より米国は北太平洋や北西部大西洋における自国のメカジキを主体としたはえ縄を規制している。はえ縄による海亀類の偶発的捕獲の回避策を構築するために、日本と米国が中心となり通常のまぐろ鈎と異なるサークルフック(図3)による混獲死亡率の削減、はえ縄餌の種別混獲率の解明などを目的とした操業試験が実施されている。サークルフックは、ウミガメの捕獲率を削減できる効果や、例え捕獲されても、飲み込みによる喉掛かりの割合を低くして生体へのダメージを軽減させる効果を持っている(図4)。また、餌の� �類によってもウミガメの偶発的捕獲率は異なり、魚類を餌とした場合にはイカ類を餌とした場合に比べ捕獲率が約4分の1になることが確認されている。さらに、はえ縄により捕獲された生存海亀類について適切な保護放流ができるように、日本では海亀用鈎外し器具の開発(図5)や漁業者に対する啓蒙普及を実施している。2008年にWCPFCにおいて、条約水域で操業するはえ縄漁船はサークルフックやイカ餌の代わりに魚餌を使用すること等を規定したウミガメ保存管理措置が採択された。また、海亀類は産卵のため沿岸域に集結するため、定置網、刺し網などの沿岸漁業による偶発的捕獲も大きな問題となっており、エビトロールのTEDを応用して定置網における海亀排除装置の開発および試験を行っている。

産卵場の環境に関しては、護岸や居住等の人工建造物による海岸の開発、海岸浸食、外敵による食害、観光による産卵阻害など多くの問題が存在する。一部の地域では養浜等の保護活動が実施されているが、その活動は世界各国に多くの産卵場をもつ海亀類にとって十分であるとは言えない。また、一部の地域では産卵個体や卵の捕獲が行われており、地域住民にとっては貴重な水産資源として利用されている。メキシコにおいては、1990年より海亀を対象とした漁業や採卵を禁止するなど海亀類の保護を実施し、ヒメウミガメの急増はその効果の現れであるとされている。世界的に海亀類にとって最適な産卵環境が減少している中、海岸の環境に関する定量的な情報は不足しているのが現状である。

現在、遠洋漁業による海亀類の偶発的捕獲に焦点が集中しがちだが、海亀資源を保全管理するためには、遠洋漁業のみならず沿岸漁業も含めた産卵場周辺の環境についても、包括的かつ継続的な調査の実施と適切な保全管理体制の構築が必要不可欠である。

執筆者

混獲生物サブユニット
国際水産資源研究所混獲生物グループ

南 浩史

(NPO)エバーラスティング・ネイチャー

菅沼 弘行



参考文献

  1. Bowen, B. W., Nelson, W. S. and Avise, J. C. 1993. A molecular phylogeny for marine turtles: Trait mapping, rate assessment and conservation relevance. Proc. Natl. Conserv. Biol., 1: 103-121.
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